熱田千華子作品集
時事通信社 世界週報 2002年2月5日号
第18回: マーサ・スチュワート
from Ako  to Ako 
“But Martha simply hadn't had the time to: Wallpaper the garage.”
「でもさすがのマーサもこれをやるだけの時間はなかった:ガレージの中に壁紙を貼る」


ボストンにあるアパートに越した。ルームメートのナオミ(アメリカ人女性)は、マーサ・スチュワートの大ファンである。ご存知だろうか。マーサ・スチュワートは、料理やインテリア、ガーデニングといったプライベートな生活を楽しむためにアドバイスを提供するアメリカ人女性。自身の名前を冠した月刊誌、テレビ番組、書籍のほか、「マーサ・スチュワート・ブランド」のいろいろな商品を開発・販売している。彼女が会長を務める会社はニューヨーク証券取引所に上場しているほど巨大で、その影響力と人気はすさまじい。マーサブランドのショップが昨年末、日本に初めて進出し、雑誌の日本語版も同時期に創刊されたと聞いた。

私の新居には、ナオミがマーサのウェブサイトで買う商品が頻繁に届く。バスルームのシャワーカーテンからキッチンにあるハーブ類の引き出しまで、家はマーサグッズであふれかえっている。

「どこかおしゃれなのよね。色遣いがきれいだし」とナオミ。家事が大好きなナオミだが、結婚して家族のためにそのエネルギーを使うよりむしろ、第2のマーサとなっておしゃれな家事ビジネスを成功させたいと思っているようで、よく「マーサに負けてられないわ」と息巻いている。

マーサのウェブサイトへ行く。バレンタインデーが近いこともあってホームページは品の良いピンク一色。ギフトとしてマーサブランドのHeart Shaped Chocolate Pops (ハート型の持ち手付きチョコレート)とLace Paper Valentine Kit(バレンタイン用のカードを作るレースで縁取りした紙のセット)が写真入りで紹介されている。サイトではマーサブランドの商品が買えるほか、マーサ人気の源であるアドバイスの読み物がある。

例えばHanging Baskets「カゴをつる」のコラムにはBaskets designed to hold fisherman's tackle or to hook onto a bicycle's handlebars come ready-made with holes in the back. Hung on a kitchen wall with cup hooks, or on a Peg-Board, they make great receptacles for unwieldy kitchen tools or fruits and vegetables that don't require refrigeration.「猟師の道具保管用または自転車の前につけるためのカゴは、裏側に穴が開いています。カップフックなどをこの穴に通して、これらのカゴをキッチンの壁に吊るしてみませんか。かさばるキッチン道具や冷蔵庫に入れる必要がない果物や野菜の素晴らしい容器となります」とあり、リンゴやジャガイモが入ったかわいいカゴの写真が記事の横に。

Lemon Sugar「レモンシュガー」を見てみよう。The fragrant oils in lemon zest give a distinctive aroma and flavor to foods. Combine lemon zest with sugar, and use in place of ordinary sugar in baking. Try sprinkling over sugar cookies or stirring into hot tea for a delicious lemony treat. 「レモンの皮に含まれる香油は食べ物に独特のフレーバーを与えます。砂糖にレモンの皮を1片混ぜ、ケーキなどを焼く時に使ってみましょう。この砂糖をシュガークッキーの表面に散らしたり、熱いお茶に入れると素晴らしいレモンの香りを楽しめます」

私のようながさつな人間にはどうでもいいアドバイスばかりだが、大半の女性に熱烈な支持を受けるのはよく分かる。

「世界状況に関心を持つより、女性は家でおしゃれに家事をするのが一番と思わせた」ということで、マーサはフェミニストからは総すかんを食っている。そのほかにもマーサに関する批判、冗談やパロディーは尽きない。どれだけ彼女がビッグかの証明でもあるのだが…。

パロディーサイトの1つにUltimate Martha Stewart Collection 「究極のマーサ・スチュワート・コレクション」というのがあった。この中にある「マーサの朝」と題されたページでは、朝から張り切ってエクササイズや完璧な朝食づくりに奔走するマーサを描いている。その後で、 But Martha simply hadn't had the time to: 「でもさすがのマーサもこれをやるだけの時間はなかった」として以下を列挙している。
  • Wallpaper the garage 「ガレージの中に壁紙を貼る」
  • Upholster the toilet in the guest bathroom 「ゲストバスルームのトイレを革張りにする」
  • Quarry enough marble slabs to re-pave her driveway 「私道に敷き詰める新しい玉砂利を採掘する」
  • Re-shoe her zebras and milk her yaks 「彼女のしまうまの蹄鉄を打ち直し、ヤクの乳絞りをする」
  • Finish knifing a new ergonomic couch 「人間工学的に好ましい長いすを織り上げる」・Plant a new crop of Wasabi「新しいワサビの苗を植える」
  • Iron her kitchen counters and starch her underwear「キッチンカウンターにアイロンをかけて下着に糊付けする」
――ここに挙がっているリストは、いずれもエキセントリックなことばかり(ワサビを知ってるアメリカ人がどれだけいるだろう)。瑣末な家事にこだわるだけで巨大企業を築いたマーサを茶化したい人が多いのも良く分かる。

知的オンラインマガジンとして定評があるサロン・コムでは今年1月2日付の記事でLand of the rising homemaker 「伸び行く主婦の国」と題したマーサ・スチュワート日本進出に関する記事を載せていた。その中でアメリカンカルチャーを日本の家庭に持ち込みたいのですか、という意地悪な質問にマーサ自身こう答えている。“The Japanese sensibility toward art and design, cuisine and gardening and living will not dissipate.”「アート、デザイン、食事、ガーデニング、生活に関する日本人のデリケートさは決して失われることはありません」。実に優等生的な回答だ。

ルームメートのナオミにマーサが日本へ進出した話をすると、成功するかどうか実に興味を持っていた。将来、ナオミブランドを作った時の参考にしたいのかもしれない。

(時事通信社 世界週報連載『熱田千華子のあめりかインターネット暮らし』より)