熱田千華子作品集
時事通信社 世界週報 2004年1月20日号
第66回:ウィキペディア
 
"The participants are both writers and editors."
「参加者自身が執筆者であり編集者なのです」


ソフトウエアエンジニアの友人エリックは調べものが趣味である。あらゆることをインターネット上で調べるのだが、「最近、グーグルの検索結果にウィキペディアの項目が挙がることが多くなったな」と言う。「は?ウィキペディア?何のこと?」と聞くと、あきれられてしまった。

ウィキペディア(Wikipedia)というのは、インターネット上につくられつつある史上最大の百科事典のことだそうで、無料で自由に閲覧できる上、ユーザー自身が執筆、編集して、事典機能を成長させるサイトだという。サイトヘ行ってみた。

トップページにはこうある。Wikipedia is a multilingual project to create a complete and accurate free content encyclopedia. We started in January 2001 and are currently working on 185,785 articles in the English version.「ウィキペディアは完全で正確、無料の百科事典をあらゆる言語でつくるプロジェクトです。2001年1月にスタートし、現在、英語版には18万5785の文書が入力されています」とあった。

その文章の下には、ニュース関連の文書、新しく区分けされた文書(例えばChanson「シャンソン」が挙がっていた)のリンクがあり、さらに百科事典の項目へのリンクが分野別に並んでいた。その横のコミュニティーの欄には、同サイトへの投稿、編集の方針をまとめた文書などへのリンクがある。同プロジェクトの英語以外のサイトのリストもあり、約50の言語によるウィキペディアプロジェクトが展開していた。もちろん日本語のサイトもある。

ユーザー誰でも編集可能

楽器マニアのエリックは、日本の尺八のことを調べようとしてグーグルで検索したところ、ウィキペディアの尺八に関する文書が上位に挙がってきたと言う。同サイトで尺八を調べてみた。Shakuhachi is a Japanese flute which is end blown as opposed to transverse.「尺八は横向きではなく、縦方向に使う日本のフルートである」で始まる詳しい解説文があった。

ウィキペディアらしいのは、このページの最後にPage History「ページの歴史」のリンクがあり、この文書がいつ誰によって入力され、その後どのように編集されたかを探ることができる点だ。

例えば、尺八の解説文は今年の2月26日の午後8時53分、IPアドレス80.194.233.58の人物によって最初に入力されたことが分かる。その後、15回、数人のユーザーによって編集されていた。最近の編集は12月22日午前2時2分にIPアドレス202.220.169.140の人物によるもの。リンクをたどると、この人物が解説文の一部、Tuned to a pentatonic scale, it was used by Zen Monks. 「5音音階に調律されており、禅僧によって使われた」という文章の途中に、although capable of playing pitch on the chromatic scale as well 「半音階的音程の演奏も可能ながらも」という一文を加えたのが分かる。

すべての文書にEdit this page「このページを編集しよう」のリンクがあって、ユーザーなら誰しも編集、変更することが可能だ。私は尺八については何も加えられない。何について書けばいいだろう。

最近のアメリカ映画にLost in Translation 「ロスト・イン・トランスレーション」という日本を舞台にした映画があり、好きで3回も見てしまった。この映画の解説を同サイトで見つけた。キャストや作品内容など簡単な文書で、「ページの歴史」を見ると、03年11月17日午前4時57分にPostdlfというユーザーによって初めて入力されていた。

参加者主体の自由感覚

私も何か書き加えて編集に参加したい。記載を呼んでみる。抜粋だが、(Scarlet) Johansen and (Bill) Murray, both lonely and lost, happen to meet each other in their hotel lounge and immediately strike up an unusual friendship. 「スカーレット・ヨハンセンとビル・マーレイは、お互いさびしく、自分を見失っているが、たまたまホテルのラウンジで会い、即座に奇妙な友情をはぐくみだす」とあった。映画で見たこのホテルは、東京・西新宿にあるパークハイアット東京だった。ここのラウンジは私が大好きな場所で、映画を見て少々ホームシックになった。

そこで、同サイトにユーザー登録し、ページ編集のリンクをクリック。画面が編集可能になり、それまで読んでいた文書を自由に書き変えられるようになった。そこで、上記の文章の一部をhappen to meet each other in the lounge of the hotel they are staying at (Park Hyatt Tokyo)「たまたま滞在しているホテル(パークハイアット東京)のラウンジで会う」に変えて保存した。これで編集は終わりだだ。

この項目をサイトで見ると、私の編集を加えた解説文が登場した。何て簡単なんだろう。「ページの歴史」とホームページからリンクが貼られているRecent changes 「最近の変更」のところに私のユーザー名と編集内容が登録された。同ホテルの関係者のような変更内容だが、仕方ない。

しかし、こんなに簡単に誰でも書き込み編集できる百科事典なんて、信頼性に欠けるのでは。コミュニティーのセクションには様々な種類の編集ガイドラインがあった。その中にこうあった。Wikipedia lacks an editor-in-chief or a central, top-down mechanism whereby the day-to-day progress on the encyclopedia is monitored and approved. Instead, active participants monitor recent changes and make copyedits and corrections to the content and format problems they see. So the participants are both writers and editors. 「ウィキペディアには、百科事典が監視と承認の下、日々成長していくために必要な編集長ならびにトップダウンの中心メカニズムが欠けています。その代わりに参加者自身が、最近の変更を監視、原稿を整理し、内容を変更、問題点があればそれを直します。参加者自身が執筆者であり編集者なのです」とあった。その責任感でもってサイトを成長させようという意気込みなのだ。この自由な感覚は、昔のインターネットをほうふつとさせ実に楽しい。


(時事通信社 世界週報連載『熱田千華子のあめりかインターネット暮らし』より)