熱田千華子作品集
時事通信社 世界週報 2004年8月10日号
第80回:ボードビル
 
"What's funny?"
「何がおかしいのか」


ボードビルをご存知だろうか。アメリカで19世紀末から20世紀初頭に隆盛した大衆演芸で、映画とラジオ、さらにテレビの発展で姿を消した。そのボードビルがインターネット上でよみがえった、と新聞にある。6月に立ち上がった、バーチャルボードビル・ドットコムというサイトは、3Dアニメーションを駆使して、歴史の陰に埋もれていったこの庶民の芸能を完全再現したそうだ。

私は子供の頃からチャップリンが大好き。チャップリンの両親はボードビル芸人だったとどこかで読んでからボードビルには関心があった。百科事典サイトのウィキペディアでボードビルを調べる。Vaudeville theaters featured performers of various types: music, comedy, magic, animal acts, acrobatics and gymnastics, and celebrity lecture tours. Many early film and radio performers, such as W.C. Fields, Buster Keaton, the Marx Brothers, and The Three Stooges, started in vaudeville. 「ボードビル劇場は様々なタイプのパフォーマンスを提供した。音楽、喜劇、奇術、動物ショー、アクロバットと体操、有名人の公演などだ。映画やラジオ草創期の出演者は多くがボードビル出身。例えばWCフィールズ、バスター・キートン、マルクス兄弟、『3ばか大将』ら」とあった。今ある多くのアメリカのテレビトークショーは、ボードビルのスタイルを基にしているともある。ボードビルに日本語をあてはめると寄席といったところだろう。

この復元は、全米科学基金(National Science Foundation)とジョージア州立大学の3年越しの共同作業だ。同サイトのトップページにはこうある。Virtual Vaudeville is a prototype of the "Live Performance Simulation System," a fully generalizable system for simulating live performance events from any historical period. The project models a powerful new tool for teaching performance and cultural history and for scholarly research and digital publication in the arts and humanities. 「バーチャルボードビルは『ファイブパフォーマンス・シミュレーション・システム』の原型で、歴史上のライブパフォーマンスを再現するための、応用可能な完全システムです。このプロジェクトは、パフォーマンスや文化史を教えたり、学術研究やアートのデジタル出版などの分野で力強いツールとなることでしょう」とあった。

人間が演じる生のパフォーマンスをデジタル技術で復元、保存する技術が完成し、その第一号がボードビルというわけである。

1896年の実際の寸劇再現

サイトのSee the show「ショーを見よう」のボタンをクリック。ショーを見るにはクイックタイム、ショックウェーブの2つのプラグインが必要だ。ダウンロードのスピードは4種類から選べる。ショーが始まる。出し物は、実在のコメディアン、フランク・ブッシュによるThe Hebrew Grazier 「ヘブライ(ユダヤ)のガラス職人」という寸劇で、1896年に、ニューヨークに当時あったボードビル劇場のユニオンスクエア・シアターで実際に演じられたものだ。

軽快な音楽とともに3Dのアニメーションでブッシュ演じるマイクなるアイルランド系アメリカ人が登場する。ビデオゲームなどに慣れた人にはどうということはないかもしれないが、そうでない私は3Dアニメのリアルさに驚いた。ショーが繰り広げられるウィンドウのよこには、Read the script「脚本を読もう」とあって、クリックすると登場人物のセリフが出てくる。

この寸劇はブッシュが1人で演じ分ける、マイクとソロモンというユダヤ人2人のモノローグで構成されている。その音声と映像を、脚本を確かめながら楽しむのだが、劇が進むに従い用語解説が次々に出てくる。例えば、マイクのモノローグの中で:Sheenyという言葉が使われると、解説が出てくる。Definition: Sheeny; "Sheeny" was a common, slightly derogatory, colloquialism for "Jewish person" in nineteenth century America. 「定義:シーニー:『シーニー』は『ユダヤ人』の意味で、19世紀アメリカで頻繁に、少し軽蔑的な意味を込めて使われた言葉」とある。

当時のジョークを解説

さらに、観客がどっと笑う場面では、What's Funny?「何がおかしいのか」という解説が出てくる。100年以上前のジョークはとにかく分かりにくい。マイクのセリフでMy old woman uses only one week's edition of the Sun and yesterday's stale coffee rolls compressed in her behind machine.「俺の女房は、尻のマシンに1週間分の新聞と昨日の硬くなったコーヒーロールを使うんだ」というのがある。なんのことかさっぱり分からない。

解説文が出てくる。そこにはBustle Joke「バッスル・ジョーク」とありIn the 1890s, women typically wore very large bustles that pushed out the back of the skirt below the waist. The bustle was padded with a small cushion or a padded roll called a "bum roll" or "dress improver." The joke here is that Mike is admission that instead of using a regular "dress improver," his wife stuffs her bustle with newspapers and coffee rolls.「1890年代、女性はウエスト下後方のスカート内を大きく膨らませるためのバッスルをよく着用した。普通バッスルは小さなクッション、または『バムロール』『ドレス改善器』と呼ばれる詰め物をした巻物で作られていた。この冗談は、マイクの妻が通常の『ドレス改善器』を使わず、代わりに新聞とコーヒーロールをバッスルに詰めているという笑い話」とある。

ボードビルを楽しもうにも、むかしの英語だけになかなか意味が通じないところが多い。しかし、この可能性と技術力には下を巻く。ページには、劇場の様々な席から舞台を見る仕掛けも用意されていた。特にアフリカ系アメリカ人は当時2階にしか座ることができず、その高さから見た舞台といったフィーチャーがある。19世紀末のアメリカ社会を肌で感じ取れる、実に面白いサイトだ。


(時事通信社 世界週報連載『熱田千華子のあめりかインターネット暮らし』より)