熱田千華子作品集
時事通信社 世界週報 2003年11月18日号
第62回:モブログ
 
"This is my life journal."
「これは僕の人生の日記です」


去年の暮れに日本に帰ったとき、友人が携帯電話でパチパチ写真を取っているのを見て驚いた。アメリカでは見たことがなかったからだ。先日、会社の同僚バスターが私の周辺では初めて、カメラつき携帯電話を購入、オフィス内で撮りまくっている。新聞記事で読んだが、アメリカでカメラ付き携帯電話が出回りだしたのは今年春くらいからとのこと。

私は持っていない、というか、ほとんど必要性を感じない。と、バスターに言うと、黙ってバスターは次のサイトを私に見せた。The Blackout「大停電」と題されたこのサイト、8月14日ニューヨークで起こった停電の日に、携帯電話カメラで一般人が撮影した写真を掲載したページである。(編集注:現在は一般的な投稿写真を掲載するモブログサイトに切り替わる)

全84枚の写真が並んでいる。それぞれをクリックすると、写真が拡大され、書き込まれたコメントが並ぶ。例えば、停電の日、公共の交通機関がストップしたため、マンハッタンとブルックリンを結ぶブルックリンブリッジの上を大量の歩行者が歩いて渡る風景を撮影した匿名のスナップ写真が掲載されている。携帯電話のカメラで撮影されていて、8月15日以降23本の書き込みが残されている。

その中の1つ、swapnaさんが残した感想はAmazing, isn't it? A few hours of power failure can turn our lives into a mayhem... Scary, isn't it to see ourselves so dependent on "Electricity"? 「信じられない。数時間の停電で、私たちの生活がこんな大混乱に陥ってしまうんだから。こんなに『電気』に頼っているのは怖いよね」。もう1本匿名の書き込みにはこうあった。I was one of those people, albeit a lot later. It really sucks when you have absolutely no idea how you are going to get home, and home is 15 miles away.「この写真よりもっと後でしたが、私はこの人ごみ中の1人でした。家から25キロあって、どうやって家に帰ればいいのか全く考えつかないのは本当に嫌でしたね」

モバイル+ウェブログ

このページを主宰したのが、テキストアメリカ社。同社のホームページへ行くと、Start your moblog today.「今日モブログを始めましょう」とある。モブログとは、携帯電話などのmobile「モバイル」機器と、ウェブ上で簡単に情報を更新できるシステムweblong「ウェブログ」を合わせた造語で、携帯電話を使って撮影した写真を誰でも瞬時に投稿できるウェブサイトのことらしい。

ホームページへ行くと、Most Recent Moblogs 「最も新しいモブログ」やPopular Mobs「人気のモブログ」などのコーナーがある。中でも目を引いたのは、Featured Public Blog: San Diego Burning! Brush fires threaten eastern San Diego residents. Slowly creeping west and south.「パブリックブログのお薦め:サンディエゴが燃えている!山火事でサンディエゴ東部が危機に。ゆっくりと西と南に延焼中」とあった。この原稿執筆時点で進行中の山火事の模様が、携帯電話のカメラで撮影されて並んだページへとリンクされていた。ページのトップには、Participate by sending images to fire.fire@tamw.com「写真をfire.fire@tamw.comに送って参加しよう」とある。停電のページもこうして作られたのだろう。山火事の様子が、次々に更新されている写真で体感でき、テレビとは違った臨場感があった。

さらに、バスターは違うサイトを教えてくれた。フォトログ・ネットというサイトで、こちらは名前の通り、ウェブログの写真版。携帯電話にあるカメラ専用ではないようだ。トップページには、98,716 Fotologgers; 1,467,767 Photos; 22,645 Photos Today 「98,716フォトロガーが登録、1,467,767枚の写真、22,645枚の写真を今日アップロード」とあるから大変な人気ぶりだ。

スーパーで隠し撮り

トップページを見ると、アメリカだけでなく、ブラジル、ポルトガル、チリ、カナダと世界から写真が寄せられている。バスターが指摘したのは、ユーザー名garydannさんのページ。自己紹介の欄にはこうあった。All pics are taken on a Samsung V205 cell phone camera (this explains the poor resolution) and emailed top this site from a remote location. This is my life journal. I'm 23 now. When I'm old and I forget everything, I'll go back and look at this photo journal from page 1 and maybe it'll be a cool story or something.「すべての写真はサムスンV205の携帯電話カメラで撮影されており(そのために解像度が低いのです)、遠く離れた場所からこのサイトにeメールで送られています。これは僕の人生の日記です。今僕は23歳。僕が年を取り何もかも忘れてしまったとき、このサイトに戻り、1ページから写真日記を見たら、どこかクールなストーリーになっているかもしれませんね」とある。

バスターが面白がるのは、garydannさんが10月の初めに掲載した、スーパーマーケットでレジの行列に並んでいたとき、目の前にいたネクタイ姿の中年男性の写真だ。いかにもいら立った様子で、garydannさんがこっそりと撮影しているのが、角度からよく分かる。この写真にはThis guy in front of me in line at grocery store yelled at the kid for his card not working. People Need To Start Using The Word Schmuck More Often.... 「スーパーで目の前にいた男は、クレジットカードが使えないので、レジにいた若者にどなりつけたんだ。人々はバカ野郎という言葉をもっと使い始める必要がある」とある。この写真には10本の書き込みが並ぶ。salmonさんからDid he make a big fuss? I hate watching that「こいつ大騒ぎしたの?そういうのを見るのは大嫌いだ」とある。

「こうやって失礼な奴を懲らしめることができたらいいと思わない?」とバスター。でも、プライバシー侵害になるのでは。バスターは新しいおもちゃに夢中で、私が仕事をしているところを撮っては、メールで送ってくる。そのうち、自分の顔をどこかのサイトで発見するのではと、戦々恐々としてしまう。


(時事通信社 世界週報連載『熱田千華子のあめりかインターネット暮らし』より)