熱田千華子作品集
時事通信社 世界週報 2003年11月4日号
第61回:ライブ手術
 
"Arvind Agnihotri, MD, will describe the procedure and answer e-mail questions from viewers."
「アービンド・アグニホトリ医師が経過の説明をしてeメールの質問に答えます」


私が住むボストンは医療機関が実に多い。非常に健康な私には直接関係がない気がしていたが、夏に腎臓炎を患ったときは、日曜に病院に駆け込んだ。道を歩けば病院がある、という感じさせするボストンでは至って簡単。医者の対応も良かったので、大医療都市であるだけに、医者のレベルも高いのだろう、と、いい加減な理由だが安心した。

そんなボストンの名だたる病院で、実際の手術をライブでインターネット放映していると新聞で読んだ。新聞によると、各地の医者の啓蒙、病院のステータスの向上、一般市民に手術レベルの高さを見てもらい、「あそこで手術を受けたい」という気にさせる宣伝のためらしい。

ライブ手術を始めた病院の1つに、世界的に有名なハーバード大医学部付属マサチューセッツ総合病院(MGH)がある。MGHのウェブサイトへ行くと、Live Surgical Broadcast 「ライブ手術放映」と題されたページがあった。そのページにあった記事には次の見出しがあった。

Mass General to broadcast surgical treatment for coronary artery disease: Webcast is second installment in a series of online broadcasts designed to educate physicians about novel surgical treatments and techniques「MGH、冠動脈疾患治療手術を放映へ:外科的治療と技術向上に向けた医師教育を目的にウェブキャスト放映2度目の実現」とある。すぐ下に、See It Live, October 16 at 4:30 P.M. EDT (20:30 UTC) 「ライブ放映は、米国東部夏時間10月16日午後4時半(協定世界時午後8時半)から」とあり、原稿執筆時点からまだ先のことだった。

さらに続く。Thomas MacGillivry, MD, will perform the surgery, and his colleague, Arvind Agnihotri, MD, also and MGH surgeon, will describe the procedure and answer e-mail questions from viewers.「トーマス・マクジブリイ医師が手術を担当、同医師の同僚で同じくMGHの外科医、アービンド・アグニホトリ医師が経過の説明をして視聴者からのeメールの質問に答えます」とある。手術中にeメールで質問をできるらしい。

1400人がライブで視聴

同サイトによると、MGHが初めて手術をライブ放映したのは今年の6月17日。生中継を見たのは1400人で、同サイトにリンクが張られた録画ファイルは手術後10日間で3500人がダウンロードしたそうだ。私もこの第1回の手術を見てみることにした。prostate cancer「前立腺癌」の患者に対して行われたlaparoscopic radical prostatecmy 「腹腔鏡前立腺全摘出」の手術生放送である。リンクをクリックすると、別ウィンドウが開き放送が始まった。

MGHの前景から始まりナレーションが入る。手術前の担当医のインタビューでこの手術の技術的に重要な点などの解説がされた後、手術中に送るeメールのアドレスが大書された画面になった。その後、案内役を務める医師が登場し、手術室にカメラが入る。執刀医があれこれ説明しながら、開腹した患者の腹部がアップになる。すごい。小さなカメラが患者の体の中に入っているようだ。患者は49歳の男性とされているだけで匿名である。

担当医と案内役の医師の間でやりとりがされながら、手術が進行していく。eメールが来ると、その質問に執刀医が答える。じっとアップの内臓映像を見ているのは少々気分が悪い。全行程1時間4分。私が見たのは既に収録されたものだが、ライブ放映ではさぞ医師も(視聴者も)緊張するだろうなと想像できた。また、医師、病院側の自信も感じさせられる。

ライブ手術に関するページの情報には、Make an appointment (病院への予約)、Refer a patient (患者照会)、Request Information (情報請求)と、この兼に関するMGHへのコンタクト方法のリンクがずらりと並んでいた。生放送にはどれほどの宣伝効果があるのだろうか。

患者照会数を増やし収入アップ

このライブ手術の技術や機材、スタッフを提供しているのがコネチカット州にあるSLP3Dという会社。同社は2000年1月、同州にある病院で行われたライブ手術の技術を担当して以来急発展、現在MGH以外にも全米の病院で行われ始めたライブ手術を請け負っている。サイトにはこうあった。Our strategy is aimed at producing added revenue for our client hospitals by increasing patient referrals to key service lines. 「我々の戦略は、主要なサービスラインへの患者照会数を増加させることで、クライアント病院の収入をアップさせることにあります」と非常にビジネスライク。

その後に、ライブ手術の宣伝効果を挙げたリストがあった。その中には、An average of 10-20 surgical cases booked within 3 weeks of a live event 「ライブ手術後3週間以内に平均10〜20件の手術予約が入る」とか、Up to $900K in gross revenue for Client Hospitals 「クライアントの病院に90万ドルに及ぶ純益」とかAudiences from all 50 states as well as South/Central America, Asia Pacific and Europe 「視聴者は全米50州のほか中南米、アジア太平洋地区、ヨーロッパにまたがる」など、具体的な宣伝効果の結果が並んでいた。

同社のサイトにOR Liveというコーナーがある。ORとはoperating room「手術室」の略だ。今後のライブ手術の予定ならびに放映された過去の手術のリストがあり、分野別、日付別、医療機関別に検索できるようになっていた。MGHを含め全米の14病院での過去のライブ手術が見られるようだ。さらに、分野では、Cardiovascular「心血管系」、Gastroenteroloy「消化器病系」、OBGYIN「産婦人科系」、Ophthalmology「眼科系」Vascular Surgery「血管手術」など13種が並んでいた。

実際に私が何らかの手術をすることになったとき、事前に何が行われるのか見ることができたら安心だろうと思った。しかし、ライブ手術放映中に緊急事態が起こった時にはどうするのだろう、などいろいろ疑問もある。今度ぜひライブで見てみたい。


(時事通信社 世界週報連載『熱田千華子のあめりかインターネット暮らし』より)