熱田千華子作品集
時事通信社 世界週報 2003年12月2日号
第63回:公人を監視
 
"Q: Is this legal? A: It should be. "
「問:(匿名情報公表は)合法ですか 答:合法であるべきです。」


Terrorism Information Awareness Program 「テロ情報認知プログラム」(TIA)という計画が米国政府内にある。日本でも報道されたと思うが、今年の議会で実現は棚上げとなった。ものすごい計画である。個人のありとあらゆる情報を政府が保存・管理するというもので、米国への出入国など公的記録はもちろん、個人のインターネットでのアクセス先やクレジットカード情報など、極めて私的な記録も含めるのだ。昨年末にメディアに登場してから、あらゆる市民団体の猛反撃を受けたのも当然だろう。

この計画を作り上げた国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)のサイトへ行く。棚上げされたものの、同計画の最新更新情報ページがあって、同局のこの計画に対する意気込みがうかがえる。計画を説明した文章にはこうあった。

DARPA affirms that TIA's research and testing activities are only using data and information that is either (a) foreign intelligence and counter intelligence information legally obtained and usable by the Federal Government under existing law, or (b) wholly synthetic (artificial) data that has been generated, for research purposes only, to resemble and model real-world patterns of behavior. 「TIAの研究ならびに試験行動では、(a)合法的に取得され連邦政府の法律によって使用が許可された、外国諜報ならびに防諜機関からの情報、または(b)研究目的のみのために、現実世界の行動パターンを模して生成された完全合成(人工的な)データ――のいずれかのデータと情報を使用する」とある。

誰でも疑ってかかるというアメリカ政府の姿勢は、ここで生活する外国人としては気になるものだ。友人のインド系アメリカ人男性が今年の独立記念日にボストンの花火会場でたまたま大きな荷物を抱えていただけで、何度警察に尋問されたか数え切れない、とぼやいていた。この計画にしてもSF小説の話のようで、実感はわかないが、気味悪いものではある。

政府に対抗、公人情報を収集

同計画は本来、Total Information Awareness Program「完全情報認知プログラム」という名称だったが、市民団体の反発を考慮して議会提出時に名称を変更した。それがまた反対運動の火に油を注いだようだ。

同計画反対運動の一環で面白いサイトがある。Government Information Awareness Project 「政府情報認知プロジェクト」といって、マサチューセッツ工科大学メディアラボの教授と学生が共同で始めた。TIAを通して政府が市民の個人情報を集めるならば、このGIAサイトで市民が公人の情報を集めて公開しよう――という目的で、今年の夏に立ち上げられた。

同サイトのトップページにはジェームズ・マディソン米国4代大統領の言葉が引用されている。A popular government without popular information or the means of acquiring it, is but a prologue to a farce or a tragedy or perhaps both.「流通した情報またはその情報を得る手術を持たない、人気がある政府というものは、喜劇または悲劇またはその両方への序幕といえるだろう」と、実に深みのある引用だ。

同サイトが公人情報を集める方法は(1)マスメディア情報(2)C-SPAN情報(政治ケーブルチャンネルC-SPANをライブで中継、その文字情報、さらに顔写真を自動的にデータベース化)(3)匿名投稿情報――の3通りだ。匿名投稿情報が明らかに同サイトの主体となるはずだが、TIAが棚上げで勢いを失ったのか、原稿執筆字点でまだ実現していない。

実際に同サイトを使ってみよう。私が住むマサチューセッツ州のジョン・ケリー上院議員は民主党の有力大統領候補者の1人である。検索すると、まず、名前、生年月日、年齢、性別が並び、顔写真は8月12日にC-SPANの政治討論番組に出演した時に同サイトによって保存されたものが出ている。

合法性にいまだ疑問

その後にRELIGION: Roman Catholic 「宗教:カトリック」、EDUCATION: JD, Boston College School of Law, BA, Yale University「教育:ボストンカレッジロースクール法学博士号、イェール大学学士号」などと続き、Campaign Contribution 「政治資金提供先」とあって、FleetBoston Financial $95,944 「フリートボストンファイナンシャル社 9万5944ドル」、Verizon Communications $66,362.00 「ベライゾンコミュニケーションズ社 6万6362ドル」を筆頭に、ずらりと企業名、献金金額のリストが並ぶ。さらに、Industry Support Lawyers/ Law Firms $1,357,910「弁護士、法曹界135万7910ドル」、Securities & Investment$759,073 「保険投資業界 75万9073ドル」、Real Estate $459,622「不動産業界 45万9622ドル」と、同上院議員の支持母体のリストが。

しかし、今同サイトにある情報は調べれば分かることで、匿名個人情報があれば充実するのにと残念だ。しかし、意気込みは買う。同サイトにはこうあった。In the United States, there is a widening gap between a citizen's ability to monitor his or her government and the government's ability to monitor a citizen. Average citizens have limited access to important government records, while available information is often illegible. Meanwhile, the government's eagerness and means to oversee a citizen's personal activity is rapidly increasing. 「米国では、市民が政府を監視する能力と、政府が市民を監視する能力の間の格差が広がりつつあります。一般市民が重要な政府資料にアクセスするには限界があり、それらの多くの資料が判読不可能なことが多い一方で、個人情報を監視する政府の熱心さと手段は急増しています」とある。

ただし公人の情報を匿名で公表することには多くの法的問題もある。それも実現の障害となっているのだろう。サイトにはQ&Aでこうあった。 Q: Is this legal? A: It should be. 「問:(匿名情報公表は)合法ですか」その下には一言、 「答:合法であるべきです。」とだけあった。


(時事通信社 世界週報連載『熱田千華子のあめりかインターネット暮らし』より)