熱田千華子作品集
時事通信社 世界週報 連載『熱田千華子のあめりかインターネット暮らし』より
第8回: 市長選
 
"Win or lose, I want to be part of a dialogue that improves our city and informs the public."
「選挙に勝とうと負けようと、市政を改善し、それを市民に伝える対話つくりをしたいと思います」


この2年ほどグロースターという市に住んでいる。ボストンから車で45分ほど北に位置し、1623年開港のアメリカ最古の漁港がある。イタリア系、ポルトガル系の漁師が多く住む、実に味わいのある所だ。昨年のヒット映画「パーフェクトストーム」の舞台でもある。人口は約2万9000人。

このグロースターで11月、市長選がある。現市長は不出馬を表明しており、8月現在、現職市会議員と地元ビジネスマンが有力候補として地元紙などで注目されている。

この市会議員ハリエット・ウェブスターは、近所に住む30代のフリーターの友人、マットの母親だ。「えっ、お母さん、市長選に出るの」と驚いて聞くと、「そう」とマットは淡々とした様子。グロースターでの独立記念日パレートで母親が乗れるよう、市庁舎を模した台車をせっせと作っていた。ハリエットは今年58歳、フリーライターとして旅行の本などを手がけてきた人。マットが成人後、離婚し、市立高校校長の恋人と一緒に住んでいる。教育委員、市議などをこの20年ほど務め、市民派として知られている。よくジョギングしているところを見かけるが、ころころ太った気さくな女性である。

アメリカの選挙というのは、選挙カーも街頭ポスターもなく、実に静かなものだ。新聞やテレビに触れていなければ、選挙があること自体に気づかない。私は選挙権はないが、地域の行政には関心がある。地元紙のウェブ版を見ると、ハリエットのウェブサイトの広告が出ていたのでのぞいてみた。

"Harriet Webster '01 A MAYOR FOR ALL OF US" 「ハリエット・ウェブスター 2001年 われわれ皆のための市長を」という題字の下、ハリエットのあいさつ文がある。

"Welcome to My Campaign for Mayor"「私の市長選キャンペーンにようこそ」"Inclusiveness and a respect for divergent views are the cornerstones of my campaign. Whether you are a support, an interested observer, or even a dedicated follower of one of my fellow mayoral candidates, I welcome your interest." 「様々な意見を包括し、敬意を払うことが私の選挙運動の基本です。私の支援者であろうと、興味を持った傍観者でも、他候補者の熱烈な支持者でも、あなたの関心を歓迎します」(中略)"Win or lose, I want to be part of a dialogue that improves our city and informs the public. I will use this web site as a piece of that process." 「選挙に勝とうと負けようと、市政を改善し、それを市民に伝える対話づくりをしたいと思います。このウェブサイトがその過程の一助になれば」とある。

ボランティアの手によるウェブサイトには、ハリエットのプロフィール、公約、住所、電話番号、Eメールアドレスをふくめた連絡先などが網羅されており、読むところがたくさんある。公約では市政の問題点を市政へのアクセス、市財政管理、教育、住宅、港の5つに絞り、市長就任後30、60、90、120日後に各分野で何をするかリストアップしている。

例えば、市政のアクセスの項目にはこうある。"As Mayor, within the first 30 days of my administration, I will schedule a set block of time each week (most likely Thursday evenings when city hall is open late) when city residents can visit me at City Hall, without an appointment, to discuss their concerns. Together, we can work towards solutions that improve the quality of line in our neighborhoods." 「市長就任後30日以内に、市民が事前の約束なしに市庁舎を訪問、関心事を私と話すことができる時間枠を設定します(恐らく、市庁舎が遅くまで開いている木曜日の夕方)。私たちのコミュニティーの生活の質を改善する方策をともに作り上げましょう」といった具合だ。

ハリエットのライバルが地元のビジネスマン、ジョン・ベル。こちらのウェブサイトは、アニメーションで打ち上げ花火を作り、その中に"John Bell is a Candidate for Mayor for Gloucester" 「ジョン・ベル;グロースター市長候補者」というメッセージを浮き上がらせている。候補者の写真も多用し、実に華やかでプロフェッショナルな作りだ。しかし、彼のサイトには公約もプロフィールも何もない。まだ選挙運動本番ではないからだろうが、今のところホームページにあるメッセージはこれだけ。"Reserve our spot on the Lannon Fundraising Cruise August 27th." 「8月27日のラノン選挙資金クルーズの参加予約を」。"The Lannon Fundraising Cruise will be held on August 27th from 6:00pm - 8:00pm. The ship holds 40 passengers and tickets are $100 per person." 「ラノン選挙資金募金クルーズは8月27日の午後6時から8時までの予定です。40人参加可能でチケットは1人100ドルです」

選挙資金集めパーティーの情報しかないこのサイトを見ると、市政へのまじめさという面で、ハリエットに好意を持つ。しかし、地元紙の予想では、ジョン・ベルに分があるらしい。

もう1人、ダニエル・ルバーティという人が出馬表明している。この数十年、市長選のたびに出馬してきた風変わりなイタリア系の漁師らしい。地元紙の質問で選挙運動用のウェブサイトがあるかどうか記者に聞かれると、"I don't even know how to turn one of those things on." 「ああいったもの(コンピューターのこと)をどうやってやっつけるかすら知らないよ」と言ってのける。私が住む漁港界隈で彼の人気は高く、"Ruberti 2001- Yes" と記したバンパー・ステッカーばかり見かける。それもガムテープにマジックインクで手書きである。そのローテクぶりが、カラフルに印刷された他候補者のステッカーより目立つのだから不思議た。秋の市長選が楽しみだ。


(時事通信社 世界週報 2001年9月11日)