熱田千華子作品集
時事通信社 世界週報 連載『熱田千華子のあめりかインターネット暮らし』より
第7回: ブッシュ
 
"Bush rests comfortably after surgery to implant pacemaker in brain"
「ブッシュ大統領、ペースメーカーの脳内移植手術後、気持ちよく静養中」


ブッシュ大統領は、私の周辺では全く人気がない。アメリカ人が数人集まると必ず悪口大会になる。ブッシュ政権のエネルギー政策や減税法案などへのまともな批判もあるが、大方は、「いかにも我らの大統領は頭が良くないか」という悪口だ。

知り合いの50代の写真家カレンは、自他ともに認めるブッシュ嫌いである。どこで買ってきたのか、"Bush Lost"「ブッシュは負けた」と印刷されたバンパーステッカーを車に貼っている。昨年の大統領選のごたごたを忘れまいとする心意気だろう。ブッシュ大統領が通った私立高校で、ブッシュ本人に教えた教師を知っているらしい。「本当に鈍かったらしいわ」となぜか声をひそめてカレンは私に言う。「態度も悪くて、父親の名前でもってるだけの生徒だったんだって」

そのカレンが先日、「ぜひ読んで!」とEメールを送ってきた。メールには、知的なオンライン雑誌として定評がある「サロン・コム」に載った最近のコラムのアドレスが書いてある。クリックしてみると"Bush rests comfortably after surgery to implant pacemaker in brain" 「ブッシュ大統領、ペースメーカーの脳内移植手術後、気持ちよく静養中」と題された7月13日付の記事だった。副見出しに"Thanks to a device similar to the one in Vice President Dick Cheney's heart, the nation has healthy, clear-thinking, plain-speaking leaders again." 「チェイニー副大統領のペースメーカーと同様の装置のおかげで、我が国は再び、健康で頭脳明晰、言語が分かりやすいリーダーに恵まれる」とある。7月初めに副大統領が心臓の不調を整えるペースメーカーを埋め込む手術をした事実に絡めて、大統領も脳のペースを調整する装置を埋め込む手術をした、というフィクションの記事である。筆者はワシントン・ポストなどに投稿するライター、トム・マクニコル氏。

この架空記事によると、この装置は常時、大統領の脳波をモニターし、大統領の脳の働きが米国行政府長の任務を果たすのに危険なほど遅くなった時、弱い電気ショックを発して大統領の脳を活性化させるというもの。手術後のブッシュ大統領のコメントが記事にある。"'The American people need to know that their president is equipped to handle a trouble spot like Slovenia,' Mr. Bush said. 'Serbia, I mean Serbia,' he added, his head jerking violently." 「『これでアメリカ大統領がスロベニアのような紛争地の処理をするのに準備万全ということを国民に知ってもらいたい』とブッシュ大統領は話すとすぐに、『セルビアです。(スロベニアではなく)セルビアのこと』と、頭を激しくけいれんさせながら言った」。大統領が言い間違いをするたび、この装置が電気ショックを脳に与えて知らせるという例だ。この装置のため、大統領はホワイトハウスの金属探知機の前を全速で駆け抜けなくてはならない、といった箇所で反ブッシュ派は大笑いだろう。

 冗談を言っているだけでなく、本気でブッシュ大統領に怒っている人たちもいる。アメリカ最大の女性運動団体、全米女性機構(NOW)の新会長がラジオのインタビューで「2004年にはブッシュをテキサスに追い返す!」とものすごい剣幕で語っていた。多くのアメリカ女性が懸念するのは、ブッシュ大統領が保守派の最高裁判事を新たに任命することで、女性の中絶の権利を認めた1973年の最高裁判決(ロウ対ウェイド裁判)を覆すのではないかということだ。私も反対だ。時代逆行もはなはだしい。

NOWのサイトには"Write to Congress" 「議会に手紙を」というページがある。様々な懸案について議員にEメールを送ることができるのだが、メールの文章は既に用意されている。中絶の権利を守る項目に郵便番号を入れると、マサチューセッツ州のケネディとケリー両上院議員氏の顔写真とメールアドレスが出てきた。大統領が任命した最高裁判事を承認するのは上院議員の仕事だ。NOWが用意したメール文面は次の通り。

"I am convinced that George W. Bush's attacks on women's reproductive freedom, beginning even before the took the oath of office, mean that there is one promise he means to keep: that he will do everything in his power to restrict abortion." 「ジョージ・W・ブッシュは就任前から女性の生殖にかかわる自由を阻むことを表明していました。中絶を制限するためにブッシュがあらゆる手を尽くすことは明らかです」。(中略)"I want you to stand up for my rights, and vote against any nominee who will not clearly support women's constitutional rights... and that includes a nominee who refuses to disclose his or her position on the issue. Please do not put my rights at risk." 「憲法で定められた女性の権利を守る気のない、また中絶の権利に関するスタンスを明らかにしない最高裁判事の候補者を承認しないでください。私の権利を危機にさらさないでください」。"I will be watching your votes on judicial appointments, and I WILL REMEMBER IN NOVEMBER if you confirm a justice who votes to overturn Roe." 「判事の承認に関する貴殿の行動を見守っています。『ロウ対ウェイド判決』を覆す判事をもし承認しようものなら、11月に何をするか分かりませんよ」

この手紙の後に、私の名前と住所を入れて送信のボタンをクリック。両上院議員に手紙が送られた。実に簡単だ。手紙の最後のくだりは、承認の経過によっては11月の次の上院選挙であなたに投票しないよ、という脅し文句だ。私はアメリカ国民ではないから投票はできない。で、いまひとつ説得力がない。NOWのサイトにはブッシュ大統領のメールアドレス(president@whitehouse.gov)も載っている。この件については直接大統領に陳情したほうが良かったかな。ペースメーカーも順調のようだし…。


(時事通信社 世界週報 2001年8月21〜28日)