熱田千華子作品集
時事通信社 世界週報 2003年5月27日号
第50回:コミュニティー
 
"If this is you, post a message and we can get together. "
「もし君が読んでいたらメッセージを掲載してほしい。デートしよう」


最近はどのウェブサイトもよく似ている。ビジネス一辺倒でポップアップやバナー広告が氾濫している。昔は(といっても7、8年前だが)個人のアイデアがあふれた新鮮なサイトが多かった。今は電子化されたチラシ広告を見ている気になることもある。

とうんざりしている中、ニューヨーク・タイムズ紙でこんな記事を見つけた。ニューヨークに住んでいたグラフィックデザイナーのリサさん(36)。サンフランシスコで仕事を見つけ、アパートとルームメートを探し、引越しの箱を譲りうけ、中古の家具を買い、それを運ぶトラックと運転手を調達、その後サンフランシスコに移ってからデート相手を見つけやがて結婚、今はテレビの買い手を捜している。これらのすべてを、クレイグズリストというサイト1つを利用したということ。

リサさんがやったことを個別にサービス提供するサイトはあるが、いずれも商業サイトで有料な場合が多い。クレイグズリストは各地域のコミュニティーの活性化を図る目的で、ありとあらゆる情報の掲示とその利用を無料で行う。サイトには広告もスポンサーもない。サンフランシスコに住むクレイグ・ニューワークさんというソフトウェアエンジニアが1995年に始めた。サイトの名前は彼のファーストネームから取られている。

サイトに行くと、写真やアニメーションもなくテキストとリンクだけで実にシンプル。昔はこういう簡単なサイトが多かったものだ。ホームページは自動的にサンフランシスコ情報に行くが、そのほかに22のコミュニティーページがある。アメリカがほとんどだが、ロンドンやバンクーバーも含まれていた。

大よろず掲示板

私が住むボストンをクリック。コミュニティー、住宅、仕事、個人広告、セールの5つのカテゴリーが並ぶ。各カテゴリー別に、誰でも自由に好きな書き込みを無料でできる。

書き込みにはタイトルと日付があり、書き込まれた順に並んでいる。例えば、Softball Team Wanted 「ソフトボールチーム募集」というタイトルの書き込みには、I am a 28 year old female interested in joining a slow pitch softball team after work and weekends. I’m looking for co-ed or women’s league that like to have fun while they play. 「28歳の女性。仕事の後や週末にプレーできるスローピッチのソフトボールチームに参加を希望。男女混合か女性リーグで、楽しみながらプレーできるチーム望む」。書き込んだ人のEメールアドレスがあるので、簡単に返事が書ける。

こんなのもある。Lost set of keys on cream colored Metro Realty key chain ... somewhere on Beacon between Washington Sq. and Kenmore Sq. Have you seen them? 「メトロ不動産のクリーム色のキーホルダーに付いた鍵のセットをなくしました。ビーコンストリートのワシントンスクエアとケンモアスクエアの間のどこか。誰か見つけた人はいますか」。こんなのも。You were sitting with another girl and a guy at Rhythm and Spice last Thursday evening. Eating conch fritters - I saw you from across the room. You were the girl with the shorter hair. If this is you, post a message and we can get together. 「木曜の夜、『リズムアンドスパイス』(ボストンのバー)で女性と男性の連れと座っていた君。揚げ巻貝を食べていたね。僕は店の反対側で君を見ていた。髪が短い方の女性だ。もし君が読んでいたらメッセージを掲載して欲しい。デートしよう」。ボストンのような大都会で、こんな書き込みが有効なのだろうか。大よろず掲示板という感じだ。

人間的な声を取り戻す

サイトの小史を読むと、ニューワークさんがサンフランシスコ近辺のイベント情報を集めてメールマガジンとして希望者に送っていたが、口コミでユーザーが増え、イベントの範囲も全米にまたがるようになったので、ウェブサイトに拡張。サイトが大きくなると、大手企業から買い取りの話が出た。ここでニューワークさんがサイトを売って大金持ちになったなら典型的なドットコムサクセスストーリーだが、彼はサイトを売らず非営利団体としての姿勢を貫いた。現在、専業スタッフは本人を含め15人いる。収益はサンフランシスコ付近のみ求人広告を出す書き込み主から掲載料を取る、それだけだが、十分サイト運営は賄えるそうだ。

同サイトの使命があった。Restoring the human voice to the Internet, in a humane, non-commercial environment. 「インターネットに、人間的な商業ベースでない生の声を取り戻すこと」。Providing an alternative to impersonal, big-media sites. 「非人間的な大メディアサイトに代わるサイトの提供」などとある。インターネッドがたどる方向に真っ向から抵抗している。サイトには別のページに、学校と非営利団体への寄付を簡単に行えるページもあった。非営利団体同士でインターネットを通じ助け合おうとしている。昔は、インターネットにこういう勢いがあった。今もインターネットを通じて人間的なコミュニティーを作ろうとする人たちがいることにうれしくなる。

サイトにはbest of craigslist 「クレイグズリストのベスト」として、今までに実際にあった書き込みで愉快なものを集めている。例えば、17 pair of chicken feet 「17羽の鶏の足」と題されたニューヨークでの書き込み。This Sunday, We bought 17 whole chickens for meat from a slaughterhouse. We haven’t any need for the feet and I know the feet are sometimes used in Asian cooking. Please trade me a 12 pack of caffeine Free Diet Coke for the bag of feet. 「この日曜、食肉処理場から17羽の鶏を買いましたが、私たちは足は要りません。アジアの料理では使うと聞いています。カフェイン抜きのダイエットコーク12本と17羽の足を交換しましょう」。交換できたのかどうか非常に知りたい。


(時事通信社 世界週報連載『熱田千華子のあめりかインターネット暮らし』より)