熱田千華子作品集
時事通信社 世界週報 連載『熱田千華子のあめりかインターネット暮らし』より
第4回: NOMO
from Ako  to Ako 
NOMO HAS GOT TO PROVE HE CAN PITCH THRU ADVERSITY - HE HAS NOT DONE THAT CONSISTENTLY YET.
「野茂はピンチでも投げられることを証明しなくちゃ。不安定すぎる」


昨年、うちのテレビが壊れた。面倒で修理に出していない。どうしても見たい番組がある時は、頼んで友人の家で見るのだが、そこまでして見たい番組はめったにない。しかし、プロ野球シーズンが始まってからそうはいかなくなった。私が住むニューイングランドの球団ボストン・レッドソックスに今年から野茂英雄投手がいる。1995年、野茂がロサンゼルス・ドジャースでメジャー・デビューして以来、私は大ファンだ。

4月4日、野茂のレッドソックス・デビューの日。この対ボルチモア・オリオールズ戦はボストンの友人の家にお邪魔した。すると、いきなり野茂はノーヒットノーランを見せてくれた。次の試合も別の友人の家へ。その次の試合も。しかし、度重なってくると、友人にも迷惑だろうし、自宅で過ごしたい日もある。

そこでインターネットによる中継で野茂の試合を楽しむことにした。5月31日、対トロント・ブルージェイズ戦は野茂の先発だ。試合は夜7時開始。レッドソックスのオフィシャルサイトへ行った。ホームページには野茂の大きな写真。その下に"Red Sox vs. Blue Jays: Red Sox open a four-game series at SkyDome with starter Hideo Nomo, who looks to repeat his one-hitter against the Blue Jays last Friday at Fenway Park. Toronto counters with lefty Chris Michalak, who shut the Red Sox out last Saturday afternoon." 「レッドソックス対ブルージェイズの4連戦がトロント・スカイドームで始まる。レッドソックスの先発は野茂英雄投手。先週金曜、ボストン・フェンウェイ球場の対ブルージェイズ戦で見せた1安打ゲームの再現を狙う。ブルージェイズは先週土曜午後、レッドソックスの打撃陣を押さえ込んだ左腕クリス・ミチャラック投手」とある。

もう試合は始まっている。試合経過のページへ行く。4回の裏ブルージェイズの攻撃中だ。ページ上方にスコアがあり、下方左にはスカイドームの平面図。その右に各バッターの名前、顔写真、イラストが並ぶ。今はブルージェイズの3番バッター、デルガドがバッターボックスに入っている。画面をじっと見ていると、野茂の各投球が自動的に更新されて分かる仕組みだ。

"Pitch 1; Ball" 「一球目 ボール」、"Pitch 1; Foul" 「二球目 ファウル」、"Pitch 3; Ball" 「三球目 ボール」、"Pitch 4; Called Strike" 「四球目 見逃しストライク」と次々に画面に出る。そして、"Pitch 5; Swinging Strike" 「五球目 空振り三振」。この回は三者凡退で終わった。いいぞ、野茂!

しかし、このサイトは高度な技術を使っているせいか重たく、私のコンピューターではすぐフリーズする。そこで、地元新聞社のニュースサイト、ボストン・コムへ行く。ここでは、各イニングごとに試合の経過が文章でたどれる。自動更新ではないので、自分でブラウザの更新ボタンを操作する必要がある。

5回の表レッドソックスの攻撃。レッドソックスが1点リードしている。"Top 5 Inning Boston 1 TORONTO 2: 05/31 20:07:48 ET: Troy O'Leary pops out to shallow left." 「5回表ボストン1点トロント0点 5月31日午後8時7分48秒東部標準時トロイ・オリアリー浅く左に打ち上げアウト」。しばらくたってから更新ボタンをクリック。画面には新しい文章が。"Seah Hillenbrand pops out to third." 「シェイ・ヒレンブランド三塁に打ち上げアウト」。また、少したってから更新ボタンをクリック。新しい文章。"Jason Varitek hits a two-out, solo home run to right, his sixth of the season." 「ジェイソン・バリテック2アウトの後、今シーズン6本目のソロ・ホームラン」。テレビで観戦し慣れた身には、キャスターの解説や球場内の音が聞こえないインターネット観戦は不気味に静かだ。野茂の女房役であるキャッチャー、バリテックの雄姿を想像しながらレッドソックスの好調を喜ぶ。

このボストン・コムのレッドソックスページにはチャットがある。テレビ観戦しつつファンがあれこれ言い合い大変な賑わいようだ。バリテックのホームランでは、"bill lee : my man teck" 「ビル・リー:やったぜ、テック(バリテックの愛称)!」、"the horror : tekken is on" 「ホラー・テック、のってる!」

その後、野茂は調子を崩す。5回裏に1点を返され、6回裏先頭打者にホームランを浴びた。チャットではまた大騒ぎ。"SydneySoxFan: Geez. he's in trouble. Anyone up in the pen?" 「シドニーソックスファン: おいおい、野茂はだめだぜ。だれかブルペンにいないのか」、"foy: now he walks a guy. NOMO HAS GOT TO PROVE HE CAN PITCH THRU ADVERSITY - HE HAS NOT DONE THAT CONSISTENTLY YET." 「フォイ:また四球だ。野茂はピンチでも投げられることを証明しなくちゃ。不安定すぎる」、"pastorsoxfan : we need a fresh arm NOW" 「バスターソックスファン:投手を今すぐ代えろ!」。野茂ファンの私はつらい。結局、野茂は6回で降板した。

その後、レッドソックスは打撃陣が絶好調で、11対5で大勝した。チャットを見る。"foy : GAME OVER. THAAAAAA RED SOX WIN!!!!" 「フォイ・ゲームオーバー。レッドソックス勝った!勝った!」"SoxFan : that ties us with the skunks, right?" 「ソックスファン:これでスカンクスども(宿敵ヤンキースのこと)とタイだろ?」

そうだ。野茂には今ひとつの試合だったが、レッドソックスはこの勝利でヤンキースと並び再び首位に立った。レッドソックス、今年こそほぼ1世紀ぶりにワールドシリーズで優勝してもらわなくては。そこで野茂を見たい。ワールドシリーズ出場がきまれば、テレビを修理することにしよう。

(時事通信社 世界週報 2001年7月10日)