熱田千華子作品集
時事通信社 世界週報 2002年6月4日号
第26回: 医療健康保険
 
"I am in good health but don’t like to take chances"
「健康状態は良いのだけど、リスクは負いたくない」


アメリカの医療健康保険制度には悩まされる。実に未整備というか複雑怪奇というか。

日本では大学を出た後すぐ就職して、その団体保険にずっと加入していたので何も考える必要はなかった。アメリカでも、安定した1つの職場に勤続している人はそれほど悩まされないのかもしれない。しかし、私のように、正社員で勤務したり、契約社員になったり、フリーに戻ったり、学生をやったり、レイオフにあったりしていると、その場その場で健康保険のことを考えなくてはいけない。アメリカは先進国では珍しく、公的な国民皆保険制度がない国。65歳以上か超低所得者でない限り、個人で民間健康保険を買わなければならない。私の周りには、健康保険のない友人がごろごろいる。

私が現在使っているのは、正社員として勤務している会社の団体健康保険。これには3種あるのだが、そのうちの1つPPOタイプの保険だ。Preferred Provider Organization 「優先医療給付機構」の略で、基本的にどの医者や病院でも診察を受けられるのだが、その保険会社が設けたネットワークに加入した医者や病院に掛かると医療費が安い。もう1つの主要なタイプであるHMO(Health Maintenance Organization「保険維持機構」)は、決められた医者や病院にしか掛かれないのだが、払う費用は総じて安い。

私の保険のネットワークに加入している医者を調べるには専用のウェブサイトへ行く。私の場合Private Healthcare Systemsと呼ばれる社のサイトへ。同サイトの説明にはこうある。Private Healthcare Systems is the nation’s leading health care cost management company. Founded in 1985, PHCS meets the strategic, financial and quality needs of health care purchasers by building and maintaining the largest, most cost-effective network of health care providers. 「プライベート・ヘルスケア・システムズはヘルスケア経費節減マネージメントの全米トップです。設立は1985年。最大かつ最も効率的な医療提供者ネットワークを設立管理することで、当社は医療購入者の戦略的、経費的、質的なニーズを満たしています」とある。私の健康保険を販売する会社は、同社が管理するネットワークと契約しているわけだ。

実際にネットワーク内の医者や病院を探す場合、Find a Provider 「医療提供者を見つける」のページへ。質問がある。How would you like to find a provider?「どうやって医療提供者を探したいですか」とあり、Search for providers near me.「私のうちの近くの提供者を探す」、Look up a particular provider by name.「ある特定の提供者を名前で検索する」の2つから選ぶ。私は前者だ。What type of provider are you looking for? どんなタイプの提供者を探していますか」とあり、Physician or preferred professional「医者か専門家」、Hospital and affiliates「病院か関連施設」、Lab and imaging, home health and other facilities「ラボまたはイメージング・ホームヘルス、その他の関連施設」とある。私は医者を探すことにした。

次のページで私の住所を埋め、医者までの距離を2〜50マイルまでの間で指定する。次のページは、医者の専門分野を選べるリストなのだが Acupuncturist「はり療法士」、Addiction Counseling「依存症カウンセリング」から始まりVascular Surgery「血管手術」まで何と104種類もの専門分野が並んでいた。

極めて健康な私はとりあえずFamily Practice 「家族医療」で10マイル内で検索。100の医者の名前が並んだ。1番に挙がったのは私の自宅から1番近距離の医者だ。名前と住所、電話番号が書かれている。リストの一番上にClick the interstate symbol (if shown) to view driving directions from the location you entered to the provider’s location. 「インターステートハイウェーの記号が出ていればクリックしてください。医療提供者とご自宅の間のドライブ順路が分かります」とある。1番に挙がった医者の名前の横にあった記号をクリック。2.3 miles、5 minutes, 8 turns「2.3マイル、5分、8ターン」とある。歩いて行ける距離だ。

100も医者がリストに並べばいい、と思われるかもしれないが、実際これらの医者に連絡するのが大変だ。やってみたのでよく分かるのだが、リストにある医者が廃業していたり、他の医療施設に転勤していたり、新しい患者は取らなかったり、と簡単に予約は取れない。また、PPOタイプの保険だと医者の顔を見るだけでco-paymentと呼ばれる支払いを行い、毎回10〜15ドル。その他テストなどは別料金だ。高い。アメリカで病気になるのは割が合わない。

団体保険でなく個人で健康保険を購入している人もいるが、こちらも非常に高い。私の周囲で個人で買っている人は、月200〜300ドル掛け金を支払っている。そこで、会社を辞めたりレイオフされたりしたが個人で購入したくない場合、COBRA「コブラ」を適応する。1985年のThe Consolidated Omnibus Budget Reconciliation Act「包括予算調停強化法」に規定されていて、会社を辞めても条件が整えば加入していた団体保険を引き続き利用できるというもの。私は前の会社と今の会社に勤務する間に数カ月あったのだが、その際コブラを使った。コブラに関してはコブラヘルス・コムというサイトがあり、詳しく説明している。

同サイトの掲示板にはI have quit my job & don’t plan to start looking for about a month. Am I still able to pay my premium & keep my coverage under my soon-to-be former employer? I am in good health but don’t like to take chances. Thanks -- Cheryl「仕事を辞めたんだけど、1カ月ほど次の仕事を探す気がないの。掛け金を払えば前の職場での健康保険を続けられるの? 健康状態は良いのだけど、リスクは負いたくない――シェリル」など、非常に基本的な不安の声が並ぶ。それだけシステムがややこしいのだ。アメリカ政府は健康保険制度の改革に取り組むべきだと、日々心から思う。


(時事通信社 世界週報連載『熱田千華子のあめりかインターネット暮らし』より)