熱田千華子作品集
1988年7月10日
直観か付随条件か
from Ako  to Ako 
警視庁の上野警察署記者クラブにこの4月から詰めている。ここの仕事は伝統的に“パンダ番”。今年もホアンホアンのおめでた騒ぎで大忙しだ。

上野のパンダ夫婦、フェイフェイとホアンホアンは相性が悪い。これまで3回とも人工授精だ。中国の山中に住む野生パンダの雌は、発情すると付近一帯ににおいを残す。そのにおいをかいだ雄が発情、目当ての雌を求めて探し回る。そして複数の雄が雌に“結婚”を迫るが、雌は正しい相手に出会うまで尾で性器を隠して決して交尾しない。上野の夫婦の場合も、ホアンホアンがフェイフェイをまったく受け入れようとせず、相性だけは動物園の飼育係にもどうすることもできないそうだ。

動物園の人いわく「最良の子孫を残すために、雌は本能で雄の見分け方を知っているんですよ」。そして「人だって同じです」と力を込めて言う。女性も男性を本来見分ける能力があるのに、人間の場合家柄や収入など付随条件で相手を選択する場合が圧倒的に多い。これが「人間の不幸の始まり」という。「ですからあなたも相手を選ぶ時、直感を大事にした方がいいですよ」。

そうか、そうか、単純でいいな、と納得して記者クラブに戻ると私と同じく独身女性の他紙の記者Fさんが雑誌に読みふけっている。大型の豪華雑誌で、題名は「拝啓」。結婚希望の若い男女の顔写真の下に職業、年収、趣味、理想のタイプ、学歴、会社の将来性などが書かれている。その指名手配のような写真が何百人もエンエンと並ぶ。名前は伏せられているので、希望者は申込用紙に気に入った人の番号を書いて出版社に指名、のちに晴れてご対面となる。

この雑誌が売れに売れているそうで、やっと手に入った1冊を奪い合いFさんと2人で「彼は東大出の医者だ」とか「彼は年に1千万円も稼ぐ」と大騒ぎした。

私は結局ご対面には至らなかったが、付随条件一点張りのこの雑誌に十分興奮してしまった。「直感」説を信じつつ「付随条件」も捨てきれない。人はパンダより複雑だが、よりこっけい、と苦笑する。

(時事通信社 社内報「ひびや」掲載)