熱田千華子作品集
時事通信社 世界週報 2003年10月7日号
第59回:自費出版
 
"Why put big companies between writers and readers?"
「著者と読者の間になぜ大出版社を置く必要があるのでしょう」


友達のロビンの弟チャドはシカゴ近郊に住む大学生。音楽に夢中でバンド活動にのめりこんでいる。ロビンが持っていたカセットテープで彼の歌を聞いたが、陳腐なロック系の音楽でお世辞にもうまいとは言えなかった。最近ロビンとしゃべっていてチャドの話になった。「自分の音楽をインターネットで売り始めたらしいのよ」と言うので驚いた。誰が買うのだろう。

ロビンに教えられたサイト、ルルドットコムへ行ってみた。ホームページには、The marketplace for digital content.「デジタルコンテンツのマーケット」とある。自分の著書、写真などのイメージ、音楽を手元のパソコンからアップロードするだけで、同サイト上で販売できるようだ。

チャドの名前で検索すると、ロビンの弟が気取ってポーズしている写真が出てきた。You’ll Never Find It「あなたには見つけられない」という曲名の横にFormat: download, Price: $0.75「フォーマット:ダウンロード、価格:75セント」とある。この1曲だけ販売しているようで、Smooth electric, alternative, twang with a pop twist.「スムーズでエレクトロニック、オルタナティブ、その上ポップなひねりが利いている」とチャドが書いた紹介文が付いていた。75セントとは謙虚な額だが、これだけの情報で誰か買う人がいるのだろうか。ページの下方に、客が買った商品の評価を投票できるセクションがあり、最高点のRock on!「サイコー!」からYikes!「ひどい代物!」までの5段階評価。チャドの場合、誰も評価店を付けていなかったので、まだ1度も売れていないのかもしれない。

自ら決める著作権使用料!

サイトを見て回ると、膨大な量の音楽やイメージが販売されているが、特に本の自費出版販売に力を入れていることが分かった。これまでの自費出版と違うのは、1部でも注文が発生したときにその都度サイト側が印刷、発行する点。同サイトに入会し、原稿をアップロードするのは無料なので、著者側に事前投資の必要がない。著者が原稿をアップロード時にroyalty fee 「著作権使用料」を決める。同サイトが手数料としてその著作権使用料の2割を加算、それに本の印刷代を含めた額が本の最終価格となる。サイトにはこうある。 Why put big companies between writers and readers? 「著者と読者の間になぜ大出版社を置く必要があるのでしょう」

本のセクションを見て回ると、Good Job!「良い作品!」として複数の買い手に評価を受けている作品があった。ジョージ・ファリアという中年男性が書いたPower Wagons in the Desert「砂漠のパワーワゴン」という157ページの中東の旅行記で、価格は24.95ドル。詳細にはExploring Queen of Sheba land and the ancient Biblical spice routes of Arabia 「シバの女王の大地と、聖書にある古代アラビアのスパイス輸送路を探る」とある。ファリア氏は引退した元ホテルマナジャーで写真と古代史が趣味。イエメンを数度訪れた記録だ。買い主の一人からA very exciting read, especially to anyone interested in adventures in remote areas of the world. 「辺境の地での冒険物語に興味がある読者には特に非常に面白いでしょう」と、あっさりした書き込みがあった。

本として出版可能な原稿はなくても、ちょっとした小文を書きためている人は多いに違いない。そんな素人コラムニストの文章を販売するサイトがある。レッドペーパードットコムという。

実にシンプルなトップページには、同サイトにこの2週間にアップロードされた原稿のうち、売れ行きが良いトップ5のリストがあった。目を引いたのは、Gritty Soapさんという人が書いたHow to handle hangovers 「二日酔い対策法」。著者による宣伝文にはA must read for those party animals out there. Includes information on prevention, treatment and the myths. Well worth 5c to get rid of that headache and upset stomach wouldn’t you think? 「パーティー大好き派は必ず読むこと。二日酔い防止法、措置、迷信を含む。あの頭痛と胃もたれをのぞくことができるなら5セントは安いと思うけど?」とあるように、ダウンロード価格はたった5セント。

延べ600本以上売りさばく?

カテゴリーを見ると世界情勢へのコメンタリーという硬派なものから、ビジネスなどのアドバイス、詩やユーモアコラムまで様々だ。読みたい作品があれば、アカウントをつくり最低3ドルを入金。読むたびにそこから自動引き落としとなる。今年7月に立ち上がったばかりで、編集長のマイク・ゲイナー氏はサイト上でこう書く。We have no idea how this thing is ever going to make any serious money for us or anybody else. We have no idea why people participate other than the fact that it seems to be kind of fun and very addictive. 「このサイトで、我々を含めて誰かが金儲けできるようになるかどうか分かりません。なぜこのサイトを皆が使うのかすら分かりません。一つ言えることは、何となく楽しく、すごく癖になるということです」と、実にリラックスした態度だ。

同サイトで断トツ人気のライターがいた。My Big Fat Single Life 「マイ・ビッグ・ファット・シングルライフ」というシリーズ名のコラムを手がけるライターで、Twinkieという名の女性だ。シカゴ在住の35歳の会社員で、彼女が真の恋人を求めてデートを繰り返す話。1本50セントで、7月に連載を始めてから既に述べ600本以上を売りさばいていた。

私も連載第1回を購入してみた。晴れの第1回はこう始まる。Is it just me??? It must be. How is it possible to find every stupid man in one city, date him and never get smarter myself. 「これって私だけなの?そうに違いないわ。どうして町中のすべてのばかな男と出会い、デートして、全く失敗から学ぶことがない、ということがあり得るのかしら」。この後、彼女がデートするこれらの「ばかな男」が次々に登場する。あっという間に全部読んでしまったが、かかった費用はたった3ドル。早く次が読みたいと思い、毎日同サイトをチェックするようになった。確かに癖になる。


(時事通信社 世界週報連載『熱田千華子のあめりかインターネット暮らし』より)