熱田千華子作品集
時事通信社 世界週報 2002年11月26日号
第38回: マイケル・ムーア
 
"Why do 11,000 people die in America each year at the hands of gun violence?"
「毎年、なぜ1万1000人ものアメリカ人が銃に絡む暴力で命を落とすのか」


「ボーリング・フォー・コロンバイン」というドキュメンタリー映画があたっている。10月の公開以降、多くのハリウッド大作を抑え最新のリストでは観客動員数11位だ。日本では来年1月に公開の予定らしい。

マイケル・ムーア氏という48歳の映画監督兼作家の作品で、アメリカの銃社会ぶりと暴力性を厳しく批判している。強引な個所もあるが、私は素直に感動した。映画館は満員で、終わると観客から拍手が起こった。特にワシントンDC地域で連続狙撃殺傷事件が起きていた最中の公開だったので、注目が集まったようだ。

早速この映画のウェブサイトヘ。トップページにBeat the GOP! See how you can help Democrats in the election! And see which Democrats you never want to vote for again because of their vote for war with Iraq. 「共和党をぶっつぶせ。選挙で民主党を応援しよう。それから対イラク戦争に投票した民主党員には2度と投票するな!」とか、Stop Wal-Mart from selling bullets! Fill out this petition and let them know how you feel. 「ウォルマート(大手スーパー)の銃弾販売をさし止めよう!この請願書を送ってあなたの思いを伝えよう」などの項目が並び、政治メッセージが強い。

同サイトから映画の内容を一部抜粋してみる。Why do 11,000 people die in America each year at the hands of gun violence? The talking heads yelling from every TV camera blame everything from Satan to video games. But are we that much different from many other countries? How have we become both the master and victim of such enormous amounts of violence?「毎年、なぜ1万1000人ものアメリカ人が銃に絡む暴力で命を落とすのか、。有識者達はテレビカメラの前で悪魔からビデオゲームまでいろいろなものを非難する。でも、本当に我々アメリカ人は他の国の人々とそんなに違うのか。アメリカ人はどうしてこれほどまでに暴力の支配者かつ被害者になってしまったのか」

同作品は、今年のカンヌ映画祭にドキュメンタリー映画として初出品され、審査員特別賞を受賞した。ムーア氏のすごいところは常にユーモア満点で、テーマの深刻さに関わらず映画全編を通じて笑わせてくれるところだ。

ゼネラル・モーターズの企業城下町で育ったムーア氏はふるさとの荒廃ぶりを嘆いてドキュメンタリー映画「Roger and Me」をつくり有名になった。最新刊の「Stupid White Men」(日本版「アホでマヌケなアメリカ白人」。すごい題名だ)は7カ月間連続でベストセラーリスト入りしており、現在31刷目だそうだ。本人は、丸々と太って粗末な身なりで野球帽をかぶり、インテリ風情とは程遠い。  会社のコンピューターでこのサイトを見ていると、「映画見た?すごく良かった」と寄ってくる同僚もいれあ、ムーア氏の写真を指差して「俺、こいつの顔見るだけでいらいらする」と言う若い同僚も。強い意見を押し出す作家だけに、好き嫌いがはっきり分かれるのだろう。

ムーア氏本人のサイトヘ。トップページには大きくMike’s Office of Homeland Security「マイクの国土安全保障省」とある。昨年9月の同時多発テロ以降、ブッシュ大統領は国土安全保障省を設置、テロ対策を最重要政策に挙げているが、それを茶化したもの。クリックすると、ムーア氏にとってのCRISIS SITUATION「危機状況」とYOUR MISSION「あなたの責務」が並ぶ。

例えば、今年8月末の危機状況にあがっているのは、Thanks to Target, the nationwide department-store chain, students may beheading back to school in hip-looking white supremacist regalia. The retail giant is selling short and baseball caps splashed with “EIGHT EIGHT”and“88”; white-power code for “Heil Hitler.”「全米に広がるデパートのターゲット社は、学生たちにかっこいい白人至上主義の衣装を身につけさせて学校に通わせることをもくろんでいる。同社は、『EIGHT EIGHT』もしくは『88』と記載された半ズボンと野球帽を発売したが、この記号の意味は白人至上主義者の間では『ハイルヒトラー』にあたる暗号である」

これに対する責務として、同社の電話番号、メールアドレスが書かれており、Tell them to take this merchandise off the shelves immediately. Tell you friends and co-workers to do the same.「これらの商品の販売中止を求めること。友達と同僚にも協力を求めよう」とある。

この項目には、その後の状況が付け加えられておりTarget has pulled its “88” merchandise. 「ターゲット社は『88』関連商品の販売を中止した」とある。運動が功を奏したようだ。このほか、イラクとの戦争、企業犯罪と政治化との癒着、第3世界の貧困など様々な「危機状況」があった。同サイトの掲示板ではムーア氏を応援する派、反対派がありとあらゆる分野について激しく討論していた。

テロ以降、アメリカに住んでいるのは何か嫌な感じである。最近カナダに車で出かけ身分証明書を忘れたことに気付いた。アメリカに帰ってくる時は大変だった。係員は「昨年の9月以前ならこんなことはしないのだが」と前置きした上で、2時間拘束、200ドルの罰金を課した。国全体が常に戦争ムードでげっそりする。ムーア氏の映画では、アメリカの国としての姿勢と国内の暴力問題を微妙に絡めている。

アメリカ人の友達からメールが来た。オンラインで各種請願書を送るサイトを通じ、ブッシュ大統領あてに反戦請願書を送ってほしいとのメールだ。同サイトで請願書にサインするだけでホワイトハウスに着く仕組み。

請願書の発起人はWomen United Against War「戦争に反対する女性連合」で、文面はThere will be no war in our names. If you want our support and votes, stop this war! 「(対イラク)戦争には反対です。我々のサポートと票が必要ならば戦争をやめてください!」で終わる。

アメリカ人自身が、暴力とそれに伴う恐怖に疲れているようだ。そんな中、ユーモアたっぷりに、しかし真摯にアメリカ社会の闇を批判したムーア氏の映画が当たるのも当然だ。


(時事通信社 世界週報連載『熱田千華子のあめりかインターネット暮らし』より)